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| ▲リクルート時代 |
精神的に大きなものを得た学生生活を終え、私は株式会社リクルートコスモスに就職しました。リクルートの「街づくり」に関わってみたかったのです。信州の街づくりを手がける父の姿を小さい頃から見ていたからでしょうか、自然に私もそういう仕事をしてみたいと考えるようになっていました。日本の国を揺るがすほどの問題や事件を当事者として体験することになるとはつゆとも知らずに・・・・。
面白いようにマンションが売れました。でも一転して土地が全く動かなくなりました。いわゆる“土地バブル崩壊”です。そしてリクルート事件の発覚。リクルートでの6年間は、経営者となった今の私の基盤を支えてくれる時間となりました。入社1年目の新人にも、責任が伴う仕事を任せる社風。失敗・壁にぶつかりながら、やりとげた後の大きな自信は何物にもかえがたい宝物です。お互いの名前を「さん」づけで呼び合う男女差別のない、自由で若く、楽しい社風。社長のことも「江副さん」と呼んでいましたっけ。入社後初めてついた上司は、東大卒の女性課長でした。目標となる先輩、尊敬できる上司。何年にもわたってそう思い続けることのできるたくさんの出会いがあったリクルートコスモス。
若い力が会社を動かす―。その一員であったという誇りを胸に秘め、私は創業者の二代目として建設会社「南建株式会社」を継ぐ為長野に戻りました。 |