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ご指導いただいている方からのメッセージ

 

KOA株式会社 代表取締役会長 向山孝一様

アルファヴォイスコンサルティング株式会社 代表取締役会長 野村敬一様

フリーキャスター 武田徹様

信州大学元学長・農学部名誉教授 森本尚武様

弁護士 長谷川洋二様

株式会社日本経営教育研究所 代表取締役 石原 明様

 

KOA株式会社
代表取締役会長 向山孝一様

KOA株式会社 代表取締役会長 向山孝一様

【略歴】
伊那市出身。早稲田大学商学部卒業。KOA株式会社代表取締役社長。
<主な社外活動>
(社)電子情報技術産業協会 理事
(社)長野県経営者協会 人材開発委員会 委員長
(財)長野県テクノ財団伊那テクノバレー地域センター リサイクルシステム研究会 会長

人生は旅のようでもある、とは古くから言われていますが、その人間が集まり社会を構成し、形づくられて来た文明も同じように旅をしている。と仮定したとき一体私たち人類は今どこにいるのでしょうか。

物理の面から見れば太陽系での地球が周回する軌道上、或いは太陽系そのものが銀河系星雲の中を周回する軌道上の通過点、と言えます。

一方、意識の面から見ると、地球という惑星の生命維持に人類の文明が危機的状況を作り出してしまった、という認識点に入ったと言えるのではないでしょうか。私たちに備わっている本能が今通過中の惑星軌道上の「一点」でこうした意識を顕在化させたとすれば、それは大きな意味を持つことだと思うのです。

このたった数年の間に貴社はその存在意義を「無機」から「有機」へと変えてきました。コンクリートから木へと大転換をしつつあります。無機のかたまりから生命を育む「森林」へと生きる舞台を変えていると思うのです。

企業のトップに立つひとりの人間の旅が成せる技、だけでしょうか。

 


 

アルファヴォイスコンサルティング株式会社
代表取締役会長 野村敬一様

アルファヴォイスコンサルティング株式会社 代表取締役会長 野村敬一様

【略歴】
1975年慶応義塾大学経済学部卒業後、旭化成工業に入社。
へーベルハウスの一期生の営業マンとして活躍。
1989年アルファヴォイスコンサルティング株式会社を設立、現在に至る。
全国の地方建設業向けの営業力強化コンサルティングには高い実績がある。
1999年よりフォレストコーポレーションのコンサルティングを開始。
社外取締役も務める。

『最も賢いものが生き延びるでもなく、最も強いものが生き延びるのでもない。
変化できたもの、のみが生き延びるのである』-ダーウィン進化論

フォレストコーポレーションと小澤社長には、この言葉がぴったりあてはまる。わずか数年の間で公共工事主体型の地方ゼネコンから民間個人市場をターゲットとした特色ある建設業に見事に変化した。

すでに今の組織風土は従来の建設業とは違ったものになっている。『営業が変われば会社は変わる』私の信念を小澤社長は実践してくれた。進化の過程において、壮絶なる戦いがあったことは彼の温厚な顔からは想像しがたい。

その進化の過程を文書で表現するには、あまりにもなまなましすぎる。なぜなら今も、その戦いの真只中にいるからだ。今もなお、進化を遂げているのである。企業進化論にはビジネスモデルなどではない、喜怒哀楽の人間ドラマが存在する。

確実に言えることは、事業成功のためのアンテナを張り巡らし、良いと感じたら実行に移す小澤社長のスピードと決断力、そして真摯な姿勢が、この進化の源であることは間違いない。

事業のベクトルは定まっている。これからの事業発展のために必要なのは『淡々と熱く継続する力』であろう。わき目も振らず一心不乱にまい進することができれば、更なる進化を遂げていくであろう。10年後が楽しみである。

 


 

フリーキャスター
武田徹様

フリーキャスター武田徹様

【略歴】
1946年長野市生まれ。早稲田大学時代にはジャズクラブで全国行脚。
69年に信越放送(SBC)に入社し、報道部員を経て番組プロデューサー・ディレクターに。
98年退社、「つれづれ遊学舎」を設立。主なレギュラー番組は、「言葉はちから」の他、SBCテレビ「ニュースウィークリー」、SBCラジオ「武田徹のつれづれ散歩道」同ラジオご意見番・世相を斬る」、同「武田徹の日曜音楽工房」など。著書も多数。

言葉には本来力がある。言葉によって勇気づけられ挫折を乗り越えた経験のある人は少なくない。愛の言葉にも真実の力があるからこそ恋愛が成立するのだ。そして力のある言葉は美しい。

ところが、その言葉が乱れている。美しい日本語が姿を消しつつある。美しい言葉によるコミュニケーションの喪失とともに、社会が乱れ、若者たちの不健全さが顕著になったように思えてならない。

言葉に本来の力を取り戻せたら、と始めたのがラジオ番組「言葉はちから ~朗読なかま大集合~」である。朗読や読み聞かせを通して次世代に言葉の力を伝えて欲しいと願ったからである。長野県下で六千人もの人たちがこうした活動をしているという。

家族の団欒・温もりを最優先に考えた家づくりを目指しているフォレストコーポレーションがスポンサーだ。驚いたことにこの社員たちは番組の趣旨に賛同、全員が「家族への手紙」を書き自ら朗読し、それをコマーシャルにして放送している。

これ程番組と一体化したスポンサーは全国でもこの会社だけであろう。フォレストコーポレーションの社員がつくる木の家は、家族間の言葉の温もりが最も自然に響き合う、そんな家なのであろう。

 


 

信州大学元学長・農学部名誉教授
森本尚武様

信州大学元学長・農学部名誉教授 森本尚武様

【略歴】
京都市出身。
京都大学大学院農学研究科卒。
昭和41年信州大学農学部へ。平成9年~11年農学部長。
平成11年~15年信州大学学長。
高校時代は野球やテニスで活躍したが、その後はもっぱら屋外に出ることが趣味/「自然と人間との共生」を訴え、そのために1.地域に自然、特に身近にいる生物の地道な調査研究、2.広範かつ多様な学問分野からの連携と新しい学問分野の創造、3.産・学・官ならびに住民の一体となった事業の推進―が必要と呼びかけている。

私とフォレストコーポレーションとの出会いは、会社主催第一回「森の勉強会」であった。私がまず専門の「自然の中での昆虫を通した人間と自然との共生」の講演をした後、社員と私を含めた数人の社員との間でシンポジウムの会がもたれたのである。その時の社員についての私の率直な感想をのべてみたいと思う。

会社の基本的な経営目標として、「信州の素晴らしい豊かな自然を具体的にしっかりと把握した上で、住文化を創造し地域社会に貢献するとともに、その情報を全国に発信する」を設定している。

その活動の実績の一つとして隔月に発行している「Forest通信」がある。その内容を見ると森林ばかりでなく、昆虫を含めた動物たちの多様性とその保全の重要性や農業全般に関する興味深い事項がたくさん書かれている。

このことからも分かるように、自然という幅の広い分野についての知識と考え方を社員一人ひとりが自ら勉強して感動し、その視点から出てくる技術を生かした住環境の創造を目指して努力しているのである。

社員の平均年齢が30歳ときわめて若い人々の集団であることもあろうが、もっと感心させられたことは、社員のみなさんが自然が大好きであり、各人がしっかりとした自然観をもっていることであった。

先述したように、自然の中から考えられた新技術の創生とそれに磨きをかけようとする意欲が各社員のプロ意識をますます高揚させていることを知ったのである。

今後のフォレストコーポレーションのますますの発展を期待したい。

 


 

弁護士
長谷川洋二様

弁護士 長谷川洋二様

【略歴】
京都市出身。
慶應義塾大学 法学部在学中に司法試験に合格。
現在伊那市にて長谷川法律事務所を開業。
主に南信地区の自治体や大手企業の顧問弁護士をつとめる。
不動産関係の係争も数多く担当。

7年前この会社の創設者であり現社長の父親である小澤 一(はじめ)会長が急逝された。
たった一人の跡継ぎを残して・・・

時はおりしもバブル崩壊後の不況の真っ只中で、特に長野県はその後、公共工事が激減することになるが建設業界にとっては、今日に続く未曾有の不況の始まりのその時に小澤会長はこの世に別れを告げられた。

残されたのは、長男の仁(ひとし)社長である。当時34歳。建設業界は、今も昔も60代、70代の社長がゴロゴロしている年寄支配の業界である。

そんな業界で34歳の若造が会社を率いていけるのか? 私も建設業協会の顧問もしていることからいろいろな雑音を聞いた。特に、仁社長は古手の社員をリタイヤさせるなど大胆な改革を行なった為、『先代は情があったが仁はだめだ、業界のしきたりを知らない、あれでは会社はダメになる』という批判を聞いた。

私の前では、仁社長はよく一会長と経営方針をめぐって対立していた。一会長が仁社長に『仁、出て行け! 俺の作った会社だから俺のやりたいようにやる』と怒鳴ったこともあった。

そこには親子という甘えた関係はなかった。しかし、面白いことに、一会長は仁社長がいない時には仁社長のことを褒めていた。『先生、仁は僕にたて突いてばかりいるが、あれはあれで頼もしいよ、親の言うことばかりを素直に聞いている二代目なんか、これからは生き残れない、新しい時代は、せがれがせがれの考え方でやればいい』と目を細めておられた。

が、一会長は仁社長の前では一度もせがれを褒めることなく逝かれた。

そして7年が過ぎ、建設業界は当時では予想もできない程の不況となり公共工事は激減し、公共工事に頼っていた多くの会社は倒産した。

だが、この会社は、一会長の頃の古手社員はいなくなり、平均年齢が30歳という建設会社ではあり得ないフレッシュな会社となった。

そして、古い業界のしきたりと決別して、公共工事に頼るのではなく自ら民間市場に打って出て、セールスし市場を開拓し、市場のニーズを唯一の声として聞き入れ、常にお客様の立場に立った賃貸マンション事業と戸建木造住宅事業をメインとする会社に生まれ変わった。

7年前とは仕事も社員も全く別となった。変わらないところは、一会長の血を受け継ぐ長男の仁社長が率いているという直系の流れだけだ。

更に、仁社長は、お客様に対して、受注建物の建築プロセスを見せることも考えており、住宅の建築中に客と立会いの上9回もの検査を行っている。建物の基礎や木造の骨組みまで見せる。最後に隠れてしまう中味まで客に確認してもらい安心してもらっている。

実は、このシステムは高級車のベンツの工場と同じシステムである。ベンツは車を注文した客にいつでも工場に来て製造工程を見せることが出来るようにしている。それが出来るのは品質と製造工程に自信があるからであり、この自信こそが天下のメルセデス・ベンツたるゆえんなのである。

それと同じことを地方の建設会社がやろうとしているのである。その会社が、今、仁社長が率いているこの会社なのだ。そこには7年前の古い体質はない。まさしく、仁社長は先代の一会長に対立していたその姿勢のまま、古いシステムの建設会社を全く新しい会社に改革し、ベンツ社並みの品質を維持できるお客様にすべて見せられる会社に生まれ変えたのである。

このことこそ、一会長が私に仁社長の将来の資質を見抜いて私の前でせがれを自慢されていた理由なのである。

仁社長が目指すのは顧客の立場に立った上でのサービスと良質の材料による良質の技術を駆使した良質の建物である。それは、これまでの公共工事に寄りかかってきた建設会社には不可能なことである。なぜなら、このような改革は新しい経営者でなければなしえないことだからだ。

その意味で、この会社は一会長が命を賭けて仁社長に引き継がせることにより、新しく生まれ変わった会社と言えるのである。

私が心から声援したい会社である。
今後、建設業界のメルセデス・ベンツとなることを期待したい。

最後に私が親しくさせている一会長の奥様、つまりは仁社長のお母さんから聞いた話を伝えたい。お母さんはある時、私にポツンと言われた。

『先生、仁はねえ、感心なことがひとつだけある、それは、どんなに遅く帰って来ても、真っ先に仏壇に行き、お父さんにお線香を上げてくれる。それだけは本当に頭が下がる。あんなに言い争いしてたのにねぇ』と。

時は移り時代はかわれど、亡き父を大切にうやまう経営者は、お客様を大切にする経営者なのだ。

 


 

株式会社日本経営教育研究所
代表取締役 石原 明様

株式会社日本経営教育研究所 代表取締役 石原 明様

ベストセラー『営業マンは断ることを覚えなさい』(明日香出版)で、間違った顧客第一主義の問題点を指摘、営業マンには断る権利がある、経営者は断れるしくみを作れ!ナド、これまでの営業・販売に対する考え方を大変革、日本中に一大センセーションを起こした新進気鋭のコンサルタント。勝てるしくみ作り、ビジネスモデルを提案、数少ない結果の出せるコンサルタントとして各業界で絶賛されている。

フォレストコーポレーションさんは、小澤社長はじめ皆さん若々しい熱意にあふれる会社です。経営の姿勢も地域に密着され、お客様から強い信頼を集めています。

通常こういった仕事をされている会社は離職率も高く、どちらかというと顧客サービスより会社の利益を中心にしている会社が多いのですが、真摯な姿勢はすばらしいと思います。今後も顧客に喜ばれるすばらしい仕事を目指してがんばってください。

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